2013年7月25日木曜日

蓮の花に囲まれて

いつの頃からか、
毎年この蓮の花々に惹かれて、
 「古代蓮の里」と言う地を訪れるようになりました。
 蓮の花は朝早く(7:00~9:00頃)が見ごろと言われています。
この日ばかりは、プライベートでも夜明け前から早起きをして、
カメラの機材を準備して古代蓮の里に出発です。
「八重」
駐車場から先ずは来る人々を迎えてくれるのが、
世界各地から集められた沢山の種類の蓮の花々。
ご当地の大学製作。行田市のゆるキャラさん達
40種類以上の蓮が沢山の表情を見せてくれます。
お仕事、繁忙期の様子で…
 蓮の花に失礼して中を覗くと、
沢山の働き者がせっせとお仕事をしています。
こちらの花でも。
 体中に蓮の花の蜜をいっぱいつけて、
「我こそは一番!」と巣に戻って自慢げに
お互いの収穫を競うのでしょうか(笑)?
「千枚咲」
 蓮の咲く泥の池の中に渡された
遊歩路をゆっくりと歩き、
目の前で出会う蓮の美しさに心を惹かれ、
遠くに咲く手の届かないところで
無限かのように咲く花々の世界に囲まれて、
心が安らぐのを覚えると共に、
どんな表情でその蓮の花を撮ろうかと、
夢中になってしまう自分がいます。
古代蓮池
蓮は1億4000万年以上も前から、
その姿を殆ど変えることなく
この地球に存在していたと言われているそうです。
蓮の葉の水滴
ちなみに「古代蓮」と名付けられた蓮は、
1400年~3000年前のものだとか。
人それぞれの感性にもよりますが、
観る人に癒しをもたらす蓮の花。
仏様が台座に使っているため、
仏教的なイメージがどうしても強くなりますが…。
人間が「ヒト」としての感情・感性・心を持つ前から
存在していた蓮。
キバナハス
きっと、私達人間の遠い遠い祖先から受け継がれる
記憶や潜在的な意識に
その姿を以て語りかけてくれているのかも知れない。
一対一の対話中?
そんな風に考えると、
「癒し」だけではない、
大きな意味での「懐かしさ」のようなものも
湧き起こってくるように思えます。
睡蓮も開花中
仏教由来の諺「泥中の蓮」
煩悩・苦悩・苦しみ・悲しみの「泥」から、
悟りや開花、自分自身の解放・夢が叶う象徴とされる「花」。

澄んだ水では、決して大きくならない蓮の花。
泥の中には、辛くても苦しくても「学び」や「糧」がある事を
昔の人々でさえ、既にその蓮の姿から教わっていたのだと思うと、
蓮の存在に畏敬の念さえ感じてしまいそうです。
そうは思いつつも、
ゆっくりと、気の向くままに、
何の制約にも縛られずに
蓮の間を散策できる嬉しさでいっぱいでした。
沢山採れてる?
少々暑さを覚えながらも
夢中になって歩き回っていたら
2時間は経過。
甲斐蓮
時間が過ぎるのも忘れるくらい、
堪能することが出来ました。
7:30くらいでも大盛況
早朝にも関わらず、蓮の観賞をする人々で
蓮の里は賑わっていました。

一通り廻ったらちょうどお腹も空いてきて(笑)…。
B級グルメのゼリーフライや
蓮の実おこわを頂き、
しっかりとお腹も満足させておきました。

また来年もこの古代蓮の里を訪れ、
蓮の世界に浸りたいと願っています。

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