2012年1月22日日曜日

和光同塵

わこうどうじん : 自分が立派なことを隠す

クリスマスイブ。少年がボロを着たおじいさんに親切にしたら、
次の日夢がかなっていた・・・。
その人は実は神様だったのです!そんなクリスマス映画がありました。

仏様も同じことをされます。
そのまま俗世に登場したのでは「才智の輝き」でみんなビックリ、バレてしまいます。
だからその光を和らげて隠し、塵や埃で汚れた世間に混じって人々を救済する。
これを「和光同塵」といいます。

水戸黄門にしても、暴れん坊将軍にしても、街の中に出ると一般人よりとても謙虚で大人しい。
皆を救済しようする慈悲の心は、まず自分の智徳を見せびらかさず、立派なところを隠すところから始まります。

危ないところを助けてくれた青年が、名前を名乗らず立ち去るシーンもよく見ます。
「和光」の心は世界各地でちょっといい話を生んでいるようです。

「ほっとする禅語」より引用させていただきました。ありがとうございます。
「無功徳」でも書きましたが、
偉業を成し遂げる人や、後世に語り継がれる人の殆どは、
その行いを自ら語るのではなく、
周りの人が口伝からいつかは書にして伝えてきました。

私たちはそれを見聞し、
「善行」のモデルを知らず知らずのうちに自身の内側に作り上げていきます。

ひた隠しにするほどではなくても、
黙っていた方がスマートですよね(笑)
「立派」も何も関係ない、無功徳につながる言葉だと思いました。



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