2011年12月5日月曜日

曼珠沙華

 最近は急に冷え込み、紅葉さえも一気に葉を落として、冬の訪れを感じさせるようになってきました。

数々の花を楽しむ時間を得るのは、次の春の訪れを待つことになりそうです。

これらの写真は、今年9月の下旬に埼玉の日高市にある「巾着田」で逢ってきた曼珠沙華の皆さんです。

平日だと言うのに沢山の人が来て、その鮮やかな朱の世界を楽しんでいました。

曼珠沙華は「彼岸花」とも呼ばれ、花言葉は「情熱」「独立」「再開」「あきらめ」等々、陰にも陽にもとれる意味づけの多さは、それだけ様々な人に印象を与え続けてきた証拠なんでしょうね。

大抵、群れをなして咲き乱れるので、間近で見るのは初めてでした。よく見ると、1本の細い花弁が放射状に広がって、それが一本の茎から輪状に形造っていたのですね。そして、その細い花弁の群れが一本の花となり、さらにそれが無数に集まって、真っ赤な絨毯のような、燃える火の中のような景観を生み出しているのが分かりました。

後からふっと思い出したものがありました。
 数年前に購入した、生命科学者の柳澤 桂子さんという方が著作した「生きて死ぬ智慧」。
 お聞きなさい あなたも 宇宙のなかで 粒子でできています 宇宙のなかの ほかの粒子と一つづきです ですから宇宙も「空」です あなたという実体はないのです あなたと宇宙は一つです(10p)
生命科学者の方が、「般若心経」をご自身の体験を踏まえつつ「心訳」したものです。

科学的につめていってもやはりこのような見解にならざるを得ないのだと思います。私たちは自分のまわりの存在を分けてとらえがちですが、分子的に見れば、密度の濃いところと低いところがあり、それが“縁”によってたまたま今寄り添っているにすぎません。

 曼珠沙華の群生は一本一本の花。一本の花は一つ一つの細い花弁。

人間もその他動物も、無機物も一つ一つの分子の集まり。

全ては揺らぎの中で存在しているんだろうと改めて気付かされたように思います。







個人的に好きだった、漫画「鋼の錬金術師」にも同じようなものがありました。

「一は全、全は一」。

科学・宗教、文化や歴史を超えて、私たち人間は心の何処か奥の奥でちゃんと気づいているのかも知れません。

全体を見渡す視野と、ごく一点にフォーカスする視野とを持つだけでも、気づきの一歩となっていくのでしょうね。
ちなみに、一緒に連れて行ったけだまは、自分で歩かないでずーっと人さまの肩の上で高みの見物^_^;。

でも、けだまも見たかったのかな?

真っ赤なお花畑。

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