2011年11月16日水曜日

My Power spot

パワースポット、本来の姿の地球ならあらゆる所が特別ではなく母なる力を保ち続けていたのかも知れない。
風水無視のようなセリフですが、山や森の中に入り込むと、大きな呼吸ができて、どこにでも平等に照らされているはずの日光が、いやに温かく感じられます。

木漏れ日
 伊勢神宮、過去訪れた中で私がまた行きたいと切に願う場所。私にとってのパワースポットです。

数年前、ちょうど誕生日に伊勢神宮に行きました。その日は朝から清々しい晴天に恵まれていました。
連休を頂き、かなり衝動的に川越から飛び出して三重県まで行ったのを覚えています。

かなり朝早くから訪れたので、人の足はまばらで宇治橋を渡る時も殆ど人がいませんでした。
うまく言葉に表せませんが、空気が凛としていたように思います。

御手洗場では、身に着けていた石のブレスレッドやペンダントも一緒に洗い清めました。
石達の輝きが増し、嬉しくなりました。

顔を上げて五十鈴川の上流に目を向けると何だかとても遠いところ、遠い世界から川が続いているような風景に見えました。
心が洗われる場所とされていますが、まさに身をもって体験したのだと思います。



参拝
五十鈴川
自然と深い呼吸を堪能しながら、奥へ向かって歩いていくと、皇大神宮(正宮)に辿りつきました。
宮の側にいる係の神職の方にお話をして、宮の敷地内に連れて行って頂きました。

白い玉砂利を踏み、ゆっくりと宮の前へ立ち改めて参拝しました。
その時、真正面から”風”が吹きました。一瞬でしたが「頭の中が真っ白になる」とはこのことだと実感。
二礼二拝一礼を終えて顔を上げると、”風”は既に止んでいて、御簾が静かに揺れているだけでした。
敷地から柵の外へでた瞬間、「もう戻らなければならないんだ」と思った瞬間、急に涙が零れてきました。悲しい訳ではなかったのですが、とても離れがたく、「戻りたくない」とも自然と湧いてきた感情でし
た。



神宮内の大木

同行してくれた方が、「どうしたの?」と声をかけてくれましたが、訳を話すと「良かったね」と一言、ハンカチを渡してくれました。

そのあとから、私は以前にもまして神社や山や森の中に行くのが大好きになりました。神社に行こうとすれば、それぞれ「お迎え」していただいてるサインを見つけられるようになりました。

地球誕生46億年と言われています。私たちが長いと感じる伊勢神宮の歴史でも2,000年程です。
短期間で、人間はいつの頃からか地球の”声”を無視して自らが住みやすく替えてしまいました。
そこには「共生共存」のスタンスはあったでしょうか?

だから、「自然」として残されている場所には、余計に自然や何か「神」と称されるものの形が強く感じられるのではないでしょうか?

皆が共通して納得するところ、ご利益があるのも「パワースポット」でしょう。
でも一人ひとりがその場と共鳴して持っている「パワースポット」と称していいのだと思います。
もとは同じ原子やらクォークやらで出来ている私たちと地球上の物質。人間の相性と一緒で、その場所の持つ「力」との相性があってもおかしくはない筈です。

神がかりで、Spiritualに特化した物でもなく、当たり前に心地よかったり癒されたり、もう一度行きたいと思える場所を感じ取る機会と感性をこれからも磨きたいものです(^^)/

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