2011年11月9日水曜日

ものに潜むたましい

かつて心理学の学生をしていた時、「物にひそむたましい」というキーワードに触れる機会がありました。

心理学的に解釈すると無意識の事であろう。イメージは意識とのある相互作用を通して無意識の意味をもたらされる。表現はそのきっかけでもある。
                    「ユング心理学より」 
これだけ聞くと、なぁんか教科書臭くて何が言いたいのかイマイチ伝わりづらいものがあるかも知れません。
ただ、私にとってはその後回想することが少なくないキーワードの1つとなっていきまいした。

ラリマ―(Larimare)、初めて見た時、数ある石の中でも、どうしてもこの石だけが目に留まりました。
この石クンを連れて帰った後、私はクリスタルヒーリングを学ぶ事になり、その後も家には沢山のクリスタルがやってくるようになりました。

新たな道と出会いを広げてくれるきっかけとなったこのラリマ―は我が家で今も鎮座し続けています。

人間が、一方的に「物」に対して、そのものの表面的な姿・形からイメージを表出して、その物に対する意味づけや価値の見出し方だけなのかも知れません。
相棒たち

Larimare
しかし、「形」をなして来たからにはたとえ無機物と言えど、「たましい」のようなものがあるのではないかと思う事が多々あります。

かつて乗っていた車は、とても楽しくて、勢いで日本一周するくらいに走りまわりました。しかし、とんだアクシデントに遭い旅行先で故障しました。その車は私たちを地元の車屋さんまでガタガタの状態で走り続けました。そしてその後、二度とエンジンがかかることはなくなりました。

私たち人間を含む有機体、そして物言わぬ無機物。どんどん細かくしていけば構造は違えど、原子やクォークレベルでは同じ存在。だから、物と人が「意思」に近いもので惹かれあってもおかしくはないと思います。 

パワーストーンと呼ばれるものでなくても、目について離れないもの。
なんだかんだで気がつけば何年も使っているもの。
衝動買いと思いきや、相性バッチリで使ったり身につけているもの。
車、バイクとは呼ばずその「銘」で呼んでしまう愛車たち。
そうしたものは、もしかすると自分たちの意思で私たちと一緒にいるのではないでしょうか?

そう考えると、かつてCMにあった「も○た○いお化け」、むかし話に出てくる「もののけ」、これらも物に潜むたましいを人間が感じ取って表現したものなのかも知れません。

人との出会いも大切に、だけど何気ない「物」との出会いも大切に、その「声」が耳に届けばちょっと素敵な事もあるのかなぁ、そんな風に思います。
滝。

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